kazuto_waka

いえ〜い
 多摩美の事件の次の日もう一つ事件があった。こいつはこんな事ばかりしとんのか?と思われるといけないので自主的に隠していたがもう時効だと思うのでお笑いネタとして公表。
 去年の12月5日山口の某メディアセンターでライブ。地元のバンドとドイツから来た5人のミュージシャンと一緒。前日多摩美の学生と朝まで飲んでいたので二日酔いで会場入り。準備をすませ地元のバンドからコンサートスタートいい感じで楽しんでいると斜め前の客のおっさんがブツブツ言っている。最初は小さい声で言っていたが最初のバンドの終わり頃にはかなり大きな声で「こんなつまらん音楽早くやめろ!!」とか「田舎者の音楽なんぞ聞きにきたんじゃね~。」とか言っている。余りに聞き苦しいし会場の雰囲気が悪くなるといけないので「少し静かに聞いてくれ」と言うと待ってましたとばかり因縁をふっかけてくる。「俺は何処そこ組の組員じゃ!!お前なんかいつでも殺せるんじゃ」「俺が一声掛ければ若奴らが200人は集まる。」等ありきたりの台詞吐きまくる。「それは何処の子供会じゃ?お前らカスが1000人揃ってもカスはカスじゃカス!!」とこれまたありきたりの台詞で応酬。コレが10分位続き会場騒然。しまいにはおっさんが「表に出ろ!!」と言うので外に出ようとしたらそのおっさんはずっと椅子に座ったまま、この態度にはいきなりブチ切れた。椅子に座ったままのおっさんを思いっきり殴った。4~5発思いっきり殴ってふと気が付けば記録用のカメラがこっちを向いている。チャ~ンス!!ドラびでおの新ネタ!!ばっちり!!オーバーアクションで10発追加した所でおっさん「も~ゆるしてくれ」との泣きが入り終わり。なんか不完全燃焼
 しかし会場のスタッフも数人いたのに見て見ぬフリ。注意もしなければ止めもしないこんな不届きな客お前らが注意せんといけんのじゃないんかい!!と思ったが所詮公務員と言う事か?みんなうつむき加減にこちらを見ている。
 翌日ギャラをもらいに某メディアセンターの事務所に、さすがに館長に呼び出され注意を受けたがムカついたので「だいたい俺がした事はここのスタッフがするべき事では無っかたのか?」と言うと「でも暴力はいけません。」と度正論。「ミュージシャンなんて多かれ少なかれ殴り殴られやってきてるのでこんな事は日常茶飯事だし特別な事では全然無いし海外では殺されかけた事も何回もある。」と言うと「でも暴力はいけません。」と完璧な度正論。おばちゃんの度正論には弱いのであきらめてギャラをもらって退散。

 コンサートの方は噂どおりしょうもないドイツ人5人のいい加減な演奏で地元の若いミュージシャン達の素晴らしい演奏が台無し。これが我々の税金使ってバス買って日本中でライブやってギャラ取ってると思うとメチャクチャ腹が立ってきた。前回のフランス人5人組も酷かったが今回のはちゃんと会場でやってる分よけいしょうもなさが際立つ。フランス人の時は秋吉の秋芳洞内でのコンサートでドラびでおをやってくれと呼ばれたがPAは家庭用ステレオもどきだし水滴は落ちまくるしでキャンセル。馬鹿にしとんのか!?いい加減過ぎる。
 おかげで大荒れのコンサートで「こんな奴らが我々の税金で来てると思うと悲しく成ります。」から始まって「何も解ってネー奴がオーガナイズやらするなボケ!!」「花の無い奴がステージに上がるな!!」「プチプチ音に白黒の画像がピチピチ動くと言う作品を今時人前で得意げにやってる馬鹿がいるのが信じられん!!お前はカー○ス・チンポ・ニコ○イか!!カス!!」
等散々悪態をつき客席にシンバル投げ込み終わり。若者大絶賛!!地方文化人大ひんしゅく!!
チンピラヤクザVSドラびでお YCAM殴打事件|doravideo FreakToneFreak’s (via umiooo)

(via shinobixx)

(Source: thedailywhat, via fyam)

http://exonemo.com/view-source/eto.html

  • エ: 今から10数年前、当時ネットを使って作品を作っている珍しいアーティスト同士として、江渡浩一郎と出会った。彼とは、ネットの、そしてメディア・アートの激変した10年を歩んできた「同郷の士」という感覚がある。いま彼は、産総研※1に在籍し、集合知をテーマにした研究や書籍の執筆、実用的なサービスの開発などといった活動に力を注いでいる。
  • エ: 年の瀬の取材は、1年を振り返るところから話が始まった。
  • エキソニモ(以下エ): 「2010年はどんなことをやってましたか?」 
  • 江渡(以下江): 「朝から晩まで論文執筆だね。新しい作品を作りたくてウズウズしてるw」 
  • エ: 「この号が1月に出るので、この取材のテーマは江渡さんと干支を掛けつつw、2011年のwebについて話せたらと」 
  • 江: 「2010年は、結局twitter※2の年と言える。1月にキャズム※3を超えた」 
  • エ: 「何かキッカケがあったんですかね?」 
  • 江: 「2009年12月にウェブ学会※4というシンポジウムに参加したんだけど、その頃に発表された論考に『日本でのtwitterの“キャズム越え”は、まだまだ先の出来事』と書いてあった。でも、年が明けて首相がtwitterを始めた辺りから、一気にキャズムを超えたみたい」 
  • エ: 「ustreamも躍進しましたね」 
  • 江: 「twitterやustreamが普及して、言論の場がフラットになったね。webが一段階進んだように感じる」 
  • エ: 「90年代のweb初期の感じもありますね」 
  • 江: 「そうそう。webが本来の姿を取り戻したとも言える」
  • エ: 「twitterはどう思います?」 
  • 江: 「素晴らしいと思うけど、議論の土台としては使いにくい。もちろん、議論しにくいようにデザインされてるからだけど。まとめシステムとして今はtogetter※5があるけど、もっとwiki※6の思想を取り入れたら、使いやすいシステムにできるんじゃないかな」
  • エ: 「tumblr※7はやりますか?」 
  • 江: 「以前は中毒だったよw tumblrは、ティム・バーナーズ=リー※8の考える理想のwebに近いんだよね」 
  • エ: 「そうなんですか?」 
  • 江: 「バーナーズ=リーは、もともとブラウザから任意のwebページを編集できる環境を構想していた。その理想を実現したのがwiki。tumblrは、元のページは書き換えられないけど、引用することによって彼の思想に近い環境を実現している」
  • エ: 「最近は、facebook※9も注目されてますが」 
  • 江: 「あんなの新しくもなんともないよw」 
  • エ: 「facebookには、mixi的な閉鎖空間に戻った息苦しさを感じました」
  • 江: 「持論なんだけど、日本はコミュニケーションメディアの最先端なんだよ。掲示板だと2ch、snsだとmixiという形で日本が最先端だった。パクリとはちょっと違うけど、mixi的な生ぬるい馴れ合いの価値がアメリカで再発見されたのがfacebookでは? でも『いいね!』ボタンはいいね!w」 
  • エ: 「いいね!は、はてなスター※10に似てますよね」 
  • 江: 「はてなスターは普及には至らなかったけど、『いいね!』ボタンの先を行ってたよね。これも、日本が最先端の事例の一つだよ」
  • エ: 「スマートフォン※11も面白いと思うんです。位置情報サービスは、まだ未開拓な感じがしますが」 
  • 江: 「foursquare※12は、離陸にまでは至らない気がする。mayorという制度で価値を捏造しようとしたけど、やっぱりヤラセ感が強い。セカイカメラ※13もがんばってるんだけど、場所を中心としたコミュニケーションは共感させるのが難しい。以前から『モノを中心にしたsns』と『ヒトを中心としたsns』の2つの方向性があって、今生き残ってるのはヒト中心だけ。その代表がtwitter。そんな中で、モノ中心で唯一面白いのがinstagram※14だよ」 
  • エ: 「え、あのオシャレなtwitpic※15みたいなやつが?」 
  • 江: 「表面的にはそう見えるせいでよく誤解されるけど、あれは本質的にはネットワーク構造が新しい。iphoneアプリ中心の設計になっていて、webからはほとんどの部分が隠蔽されてる。webにはユーザーページすらない。これは実に新しいよ」 
  • エ: 「わざとそうしてるんですかね」 
  • 江: 「かなり緻密に考えられてる。写真というモノを媒介として、共感によってつながるネットワーク。僕はgirls' networkって呼んでる」 
  • エ: 「girlsってことはboysもある?」 
  • 江: 「twitterみたいな『言語のコミュニケーション』は、論理によってつながっていくから、boys' networkって呼んでる。それに対して、instagramはもっと感覚的につながる」
  • エ: 「具体的に、どういうことですか?」 
  • 江: 「たとえば、ふと夕日の写真を撮ると、それに対してlikeがいくつも付く。つまり、写真の内容じゃなくて、共時的な感覚が共有される。普通に“夕日きれいだね”という」 エ:「夕日の写真なんていうありふれたものがスポッと感覚にハマる感じ?」 
  • 江: 「面白いだろうと狙って撮った写真は、逆にあまりlikeされなかったりw」 
  • エ: 「ナルホド。またしてもコンテンツの危機ですねw」 
  • 江: 「最近のwebサービスは、作り込む部分がコミュニケーションやサービスの部分になってきていて、コンテンツは本当に一瞬で消費されてしまうね」 
  • エ: 「それはすごく感じています。ところで、話飛んで、以前江渡さんのアイコンがgacktだったんですが、あれはナゼ?w」 
  • 江: 「それは・・・ごにょごにょごにょ(本人希望によりカット)」
  • エ: 「・・・ たぶん、江渡さんとwebにまつわる話は延々と続けられる。そんな中で、お互いに同意したことが一つ。
  • エ: 「webの未来は予測不可能」、つまり2011年がどんな年になるかは、知ったこっちゃねーということだ。
  • エ: 「ノーフューチャーもとい、未来は自分で作れ! byアラン・ケイ※16。というわけで今年もよろしく!! ※1~16 ググれ!

(Source: buhii, via bull-heck)

(Source: fatwank, via cutupradio)


父は毎日のようにパチンコに通っていた。


僕の父はDQNだった。


父はギャンブルを好み、酒を、タバコを愛していた。

競艇を、オートレースを愛していた。

僕は小学校の頃に父から麻雀や花札を教わった。


父の商業高校時代のアルバムを見ると

バイクにとんでもない乗り方をしている写真があった。


母から、父親がバイクで突っ込んだ交差点の家を教えられるのが嫌だった。


母から、父親の喧嘩の武勇伝を聞かされるのが嫌だった。


僕の小学校の授業参観のとき

父は廊下から教室に向かってピースをしてきた。

僕は恥ずかしくて嫌だったけど

父は小学校の友達の間で人気があった。



僕はDQNではない。


だが、DQNは強い優性遺伝傾向があると聞く。

自覚症状が無いだけなのかもしれない。

そのうち発症して

夜な夜なドンキホーテを徘徊するようになるのかもしれない。


僕はそこそこ真面目だった。


僕はそこそこ真面目に勉強し

そこそこ真面目な学生生活を経て

こうしてそこそこ真面目なブログを書いている。


僕と父は、あまりにも違いすぎていて

時には血のつながりすら疑うこともあった。



僕が大きな交通事故にあったとき

父は500km離れた実家から車で駆けつけてくれた。


その1ヶ月後、父は倒れた。


僕の交通事故での心労や、急な長距離運転が祟ったのか。

僕は改めて、自分の交通事故を悔いた。


僕が交通事故で全治1ヶ月の重傷を負った年には

奇しくも母も大病を煩っており

家族全員、全身麻酔で体にメスが入った年となった。

僕の家族は誰も保険に入れない期間があり

保険機関からも目を付けられそうにになった。

同年に愛犬も亡くなっており

我が家ではこの年を

『スーパー大殺界』

と呼んでいる。



父はクモ膜下出血だった。


父の手術前、病院には親戚一同が集められた。


父が助かる見込みは五分五分。

仮に、運良く生き残ったとしても

重い障害や麻痺、意識障害が残るだろうと

医師より聞かされた。


手術台に寝かされ

人工呼吸器を付けられ

ゆっくりと手術室へと運ばれていく父。


そのときの父には

まだ意識があった。


僕は

何故か

手術室に入っていく父に向かって

ピースサインを送った。


父も

僕にピースサインを返してくれた。


親戚の方々には

『何て不謹慎な』

と思われたかもしれない。


かまわなかった。


僕は

父と繋がれたような気がした。



クモ膜下出血は最初の出血で1/3が死亡する。

さらに血管攣縮や再出血の影響が加わり

4週間以内では約半数が

10年以内では60~80%が死亡すると言われている。

また救命できても後遺症が残る例が多く

完全に治癒する確率はクモ膜下出血を起こした人の中で2割と低い。


Wikipedia クモ膜下出血 より



父はギャンブラー。

麗しのギャンブラー。


父はあっさりと2割の方を引いてきた。


父は手術後、元気に退院し

その後、特に後遺症もなく

今朝も元気にパチンコのモーニングに並んでいる。


そして父の武勇伝に

『頭蓋骨に穴を空けた話』

が加わった。


親愛なる父へ - はじめに閲覧されるべきもの (via readme1st)

(via fyam)

gza20090909:


 
父はソーシャルメディアという言葉も知らずブログやSNSといったサービスについても「?」な状態です。ここからいきなりFacebookやTwitterをやらせるのは酷というもの。そこでまず父のプロフィールを洗い出し、「特化型SNS」をやらせてみようと思いました。以下は父のスペックです。
年齢:61歳学歴:中学校卒職業:農業、自動車整備士趣味:バンド(ドラム担当)音楽鑑賞(主にハードロック、ヘヴィメタル)ミリタリー(国内外、時代問わず)ペーパークラフト

実は父は肺癌で余命2年を宣告されている末期癌患者なのですが、どういうわけか入院中にペーパークラフトにどハマりしてしまったらしく、さらに元からあったミリタリー趣味が相まって1日1個ペースで戦闘機のペーパークラフトを作りまくっているとのこと。挙げ句の果てには「リアルな戦闘機を見て作品作りの参考にしたい」という理由だけで車をぶっ飛ばして青森県三沢市の米空軍基地に行ってしまうほど。ちなみに私の実家は秋田県の中でも山形に近い超県南なので、そこから青森県三沢市へ行くとなるとほぼ「秋田縦断」です。
そこで思い付いた!フィギュアSNSの「fg」だ!

(中略)

父は文章が書けない。他のUGC系SNSと同様、fgにも自由に作品の説明文が書ける機能があるのですが(1000字以内で)、ここで完全に父の手が止まりました。
私:「作品について何でも好ぎなごど書いでいいんだど。製作でこだわった点どがアピールポイントどがよ。」父:「何たごと書いだらいいべ。さっぱり思い付がね。」
最初はプロフィール設定の時と同様にネットに何かを書くことを遠慮しているのだろうかと思ったのですが、どうやら本気で何を書けばいいのか分からない様子。そこでふと気付きました。これまでの人生の中で自分の意見や主張を書き記し公に発表する機会を与えられなかった人間に、「自由に何でも書いていい」と言ったところでスラスラ書けるわけがないと。いきなり見知らぬ土地に無一文で放り出して「好きな所に行ってもいい」と言うようなものです。
そこで誘導!
私:「このF-18作ったどぎ一番大変だったなどごだ?」父:「ミサイルだな」私:「ミサイルは設計図さ無がったよな?」父:「んだ。ホットドックの棒どごカッターで削って作ったなだ」私:「そういうごど書げ」父:「あーなるほどな!」
こんな感じでとりあえず最初に4作品を投稿してみました。
 
(中略)

父がPCの前から離れなくなった
どういうわけか一番最初に投稿したメルセデスベンツのクラシックカーのペーパークラフトが人気で、投稿後1日で閲覧数が100件を突破し評価数も上々。またマイリストに入れてくれたユーザーもいました。これには父も心底驚いたようで
父:「これは日本中の人が見でけだってごどだべが?」私:「fgには海外ユーザーもいるがら、もしかしたら外国人も見だがもしんねえな」父:「そんたごど昨日まで想像もしねがったでゃ 。このマイリストってなんだべ?」私:「これが『自分の気に入った作品』だってごどだな」 父:「どごのどんた人がおらの作品どご評価してけだなだべ?信じらんねえ。」
と、完全にfgにどハマってしまいました。そして閲覧数や評価、マイリスト数が気になりだしたのか各作品のページをリロードし続けるという作業に没頭。

しまいには「リロードするたんびに何十人って単位で閲覧数増えでってら。ってごどはこの瞬間にそれだげたくさんの人がこごどご見でらってごどだな?やっぱりみんな仕事終わった夜に見でるんだな。んだば夜に投稿すればそれだけいっぺえ見でもらえるな。」「どうも戦闘機が人気あるな。戦闘機の閲覧数の増え方が一番早え。」と分析まで始める始末。
そして…

いきなり新作製作開始。
作品があるからfgに投稿しよう↓fgに投稿したいから新作を作る
に完全に目的がすり替わっています。こうしたUGC系のSNSは、その存在自体がユーザーの創作意欲の向上及びモチベーションの維持に役立っているんですね。
 
(中略)

さらにその後父は
・ 最初から最後まで自力でfgに投稿・デジカメで自力で作品写真を撮影・Web上で画像編集用のフリーソフト をダウンロード・その画像編集ソフトで作品写真のサイズ変更や補正を行う・屋外撮影
などなど猛烈な勢いで”進化”していき、私が実家に滞在した1週間のうちに計11点もの作品を投稿。その後も継続的にfgにログインしているらしく現在21点の作品を投稿しています。最初こそ作品の説明に何を書いていいかすら思い付かない状態でしたが、現在では稚拙ながらもちゃんと1つ1つに説明文を書くようになりました。それまでSNSのSの字も知らなかった田舎のオッサンがこんな短期間にここまで”進化”するなんて我が親ながらヤバイです。
もしかしたらこうした農村部の中高年にこそソーシャルメディアは必要なのかもしれません。中高年に限らず農村に住む人は「こんなちっぽけな自分に一体何ができるんだろう?」という、ある種の無力感と閉塞感を抱えて生きているようなところがあります。しかしそれもほんのちょっとした「きっかけ」さえあればあっと言う間に変わるのではないでしょうか?fgを使うことにより一気に進化した父のように。ソーシャルメディアは「個人」こそが最強のコンテンツで、且つどこにいてどんな仕事をしていようと世界中の人々と瞬時に繋がることができます。ソーシャルメディアを活用すれば、農村の無力感や閉塞感を吹っ飛ばし新たな才能を掘り起こすこともできるのではないでしょうか?

(via 【特集コラム】親父にフィギュアSNS「fg」をやらせてみた « VSmedia)

gza20090909:

父はソーシャルメディアという言葉も知らずブログやSNSといったサービスについても「?」な状態です。ここからいきなりFacebookやTwitterをやらせるのは酷というもの。そこでまず父のプロフィールを洗い出し、「特化型SNS」をやらせてみようと思いました。以下は父のスペックです。

年齢:61歳
学歴:中学校卒
職業:農業、自動車整備士
趣味:
バンド(ドラム担当)
音楽鑑賞(主にハードロック、ヘヴィメタル)
ミリタリー(国内外、時代問わず)
ペーパークラフト

実は父は肺癌で余命2年を宣告されている末期癌患者なのですが、どういうわけか入院中にペーパークラフトにどハマりしてしまったらしく、さらに元からあったミリタリー趣味が相まって1日1個ペースで戦闘機のペーパークラフトを作りまくっているとのこと。挙げ句の果てには「リアルな戦闘機を見て作品作りの参考にしたい」という理由だけで車をぶっ飛ばして青森県三沢市の米空軍基地に行ってしまうほど。ちなみに私の実家は秋田県の中でも山形に近い超県南なので、そこから青森県三沢市へ行くとなるとほぼ「秋田縦断」です。

そこで思い付いた!フィギュアSNSの「fg」だ!

(中略)

父は文章が書けない。他のUGC系SNSと同様、fgにも自由に作品の説明文が書ける機能があるのですが(1000字以内で)、ここで完全に父の手が止まりました。

私:「作品について何でも好ぎなごど書いでいいんだど。製作でこだわった点どがアピールポイントどがよ。」
父:「何たごと書いだらいいべ。さっぱり思い付がね。」

最初はプロフィール設定の時と同様にネットに何かを書くことを遠慮しているのだろうかと思ったのですが、どうやら本気で何を書けばいいのか分からない様子。そこでふと気付きました。これまでの人生の中で自分の意見や主張を書き記し公に発表する機会を与えられなかった人間に、「自由に何でも書いていい」と言ったところでスラスラ書けるわけがないと。いきなり見知らぬ土地に無一文で放り出して「好きな所に行ってもいい」と言うようなものです。

そこで誘導

私:「このF-18作ったどぎ一番大変だったなどごだ?」
父:「ミサイルだな」
私:「ミサイルは設計図さ無がったよな?」
父:「んだ。ホットドックの棒どごカッターで削って作ったなだ」
私:「そういうごど書げ」
父:「あーなるほどな!」

こんな感じでとりあえず最初に4作品を投稿してみました。

(中略)

父がPCの前から離れなくなった

どういうわけか一番最初に投稿したメルセデスベンツのクラシックカーのペーパークラフトが人気で、投稿後1日で閲覧数が100件を突破し評価数も上々。またマイリストに入れてくれたユーザーもいました。これには父も心底驚いたようで

父:「これは日本中の人が見でけだってごどだべが?」
私:「fgには海外ユーザーもいるがら、もしかしたら外国人も見だがもしんねえな」
父:「そんたごど昨日まで想像もしねがったでゃ 。このマイリストってなんだべ?」
私:「これが『自分の気に入った作品』だってごどだな」 
父:「どごのどんた人がおらの作品どご評価してけだなだべ?信じらんねえ。」

と、完全にfgにどハマってしまいました。そして閲覧数や評価、マイリスト数が気になりだしたのか各作品のページをリロードし続けるという作業に没頭。

しまいには「リロードするたんびに何十人って単位で閲覧数増えでってら。ってごどはこの瞬間にそれだげたくさんの人がこごどご見でらってごどだな?やっぱりみんな仕事終わった夜に見でるんだな。んだば夜に投稿すればそれだけいっぺえ見でもらえるな。」「どうも戦闘機が人気あるな。戦闘機の閲覧数の増え方が一番早え。」と分析まで始める始末。

そして…

いきなり新作製作開始。

作品があるからfgに投稿しよう

fgに投稿したいから新作を作る

に完全に目的がすり替わっています。こうしたUGC系のSNSは、その存在自体がユーザーの創作意欲の向上及びモチベーションの維持に役立っているんですね。

(中略)

さらにその後父は

・ 最初から最後まで自力でfgに投稿
・デジカメで自力で作品写真を撮影
・Web上で画像編集用のフリーソフト をダウンロード
・その画像編集ソフトで作品写真のサイズ変更や補正を行う
・屋外撮影

などなど猛烈な勢いで”進化”していき、私が実家に滞在した1週間のうちに計11点もの作品を投稿。その後も継続的にfgにログインしているらしく現在21点の作品を投稿しています。最初こそ作品の説明に何を書いていいかすら思い付かない状態でしたが、現在では稚拙ながらもちゃんと1つ1つに説明文を書くようになりました。それまでSNSのSの字も知らなかった田舎のオッサンがこんな短期間にここまで”進化”するなんて我が親ながらヤバイです。

もしかしたらこうした農村部の中高年にこそソーシャルメディアは必要なのかもしれません。中高年に限らず農村に住む人は「こんなちっぽけな自分に一体何ができるんだろう?」という、ある種の無力感と閉塞感を抱えて生きているようなところがあります。しかしそれもほんのちょっとした「きっかけ」さえあればあっと言う間に変わるのではないでしょうか?fgを使うことにより一気に進化した父のように。ソーシャルメディアは「個人」こそが最強のコンテンツで、且つどこにいてどんな仕事をしていようと世界中の人々と瞬時に繋がることができます。ソーシャルメディアを活用すれば、農村の無力感や閉塞感を吹っ飛ばし新たな才能を掘り起こすこともできるのではないでしょうか?

(via 【特集コラム】親父にフィギュアSNS「fg」をやらせてみた « VSmedia)

(via kz56cd)

(via 11111141)

(Source: boin, via shinobixx)